聖夜は明日だけど…
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 



よその診療所や医院と同様に、
基本、土曜の午後診と日曜祭日は終日、
休診ですよということにしているものの。
町のお医者さんという看板はそのまま、
かかりつけとしている皆さん一人一人を、
家族以上に知り尽くしている人だという信頼にもつながっており。
体力のないお年寄りや 逆に幼い乳飲み子が、
急に熱を出したり、意識を無くして震え出したりしたならば、
そこはやはり、家族としては専門家へ頼ってしまうというもの。
単に医学を修めているからというだけじゃあなくて、
得体の知れない不安への辛さや、
何かにすがりたくなる心細さ、
そういった心情も判る彼だからこそ、
患者さんたちもまたますます頼ってくださるワケで。

 “…………お人よし。”

過去の彼もそうだったかな?
案外と、打算というか世渡り上手な要領というかも、
ちゃんと心得てはなかったか?
だからこそ、
軍人が不要な世になっても浪人になって食い詰めることもなく、
金満家の用心棒なぞという旨みの多い職にも就けたのであろうし。

 “ああでも…。”

自分ひとりの身の振り方にだけ集中してりゃあよかったものを、
不器用極まりなかったこの自分まで、
色々と引き回してくれたのは、やはり……。

 “…………お人よしだ。”

寡黙なお嬢さんの胸中へ、
端的乱暴、且つ、やや不満げな
そんな感慨を招いたほどだったのは。
もう休診のはずな土曜の午後だというに、
昨日が祭日で終日休診だったからか、
昼を過ぎても外来患者は引きも切らなかった診療所のようだったからで。
家内秘書の各務さんが住居のほうでお待ちくださいと勧めてくれたが、
それよりも、此処にいると気づかせる方が
あやつには早仕舞いさせやすいだろからと。
視線だけで伝えて、待ち合い室の長椅子へと陣取っておれば、

 「久蔵、来てたのか。」

ややあって、診察室のドアが内から開き、
白衣姿の見慣れた殿方が、
おおと驚き半分の笑顔、
温度調整用の暖簾のようなカーテン掻き分け突き出して来た。

 「開いているとの看板なぞ、出しておらなんだのだがな。」

急な冷え込みから通風が痛みだしたお年寄りやら、
気になる咳が止まらぬ幼子やらが次々にやって来たもんでと。
言い訳めいた言いようを快活軽快に口にして、
おいでおいでと手招きする彼であり。
コートは脱いでいての、
ポンチョ風スクエアなシルエットのボーダーニットに、
ブラウスとスリムなパンツという大人しめな装いのまま、
凭れていた壁から身を浮かし、
バスケットを下げたまま招かれた先へ向かってゆけば。
さすがにもう診察は終わりか、
室内には他の人の気配はなくて。
机周りの簡単なお片付けをしたらしいベテランの女性看護士さんが、
窓口のあるカルテ用の書庫のほうへと向かってゆくのと入れ違いとなり。

 「ミナホさんまで付き合わせて。」

久蔵もまたお付き合いの長い、ちょっぴり熟年の看護士さん。
こういう思わぬ延長にも、理解を寄せて居残ってくれるものの、
彼女にだって予定はあろうにと、
叱言ぽい含みを持たせた言いようをすれば、

 「おや、お前から叱られようとはな。」

薄い口許の片側を引き上げて、これは傑作と笑うばかりの小憎らしさよ。
少しほど頬骨の立った、神経質そうな風情のする彼だけれど、
目許の細めようやら口角の上がりようやらで、
皮肉っぽい笑い方かそうでないかは久蔵にも判る。
今のは純粋に“可笑しい”と微笑っただけのそんな彼へと、

 「……これ。」

提げて来たバスケットを持ち上げて見せ、
傍のデスクへ ほいと乗っける。
まだ仕事があるのなら、
消毒の必要があるそこここへ不用意に物を置いてはいけないのだが、

 「なんだ?」

今日はもう構わんぞということなのだろ、
咎めるような顔をしないせんせえなのに安心し。
底の広い型のそれ、そのまま上蓋をぱかりと開ければ、

 「……お。」

中には白地の化粧箱。
いかにもな大きさだったので、
おやこれはと、ややもすると期待を込めて、
持参した少女のお顔を先を促すように見返せば、

 「ホントは明日だが……。///////」

どうせお主は医師会の忘年会とやらがあると言ってたしと、
ごにょごにょ言いつつ、そのごにょごにょさを誤魔化すように手を動かして。
上の合わせを手際よく開けば、

 「おお。これはザッハトルテか?」

くるんと丸いホールごと、
それはなめらかなチョコレートのガナッシュでコーティングされてある、
ウィーンのが有名なスポンジケーキであり。
つややかでムラのないコーティングが玄人はだし、
そりゃあ見事なのが何よりも驚き。
チョコクリームをくるりんとパレットナイフで塗るのより、
なかなか難しい仕上げだったろにと。
さすがは甘いものにも造詣の深いお人だけあり、
見た目の大人しい収まりようと裏腹、
実は初心者には難しいことまで御存知だったせんせえなのへ、

 「……チョコがけは片山にも手伝ってもらった。」

馬鹿正直にもタネ明かしをしたところ、

 「そうか、いつもの3人で作ったか。」

片山というのが『八百萬屋』の五郎兵衛殿であること、
三木家のシェフではなく彼が手伝ったということは、
いつもの仲良し三人娘が集ってワイワイと手掛けたのだなと、
そんな短い一言から、
そこまでをきっちり読み取れる恐ろしさよ。
当然、

 「…、…、…、…。(頷、頷、頷、頷。)」

含羞みに口許をうにむにたわめつつ、
白い頬へと朱を亳いて。
こくこくこく…といつもより多く何度も頷く姿も愛らしく。
紅ばらさんのクリスマス・イブ、
ケーキの宅配エンジェル作戦は、
何とも幸せな顛末を運んでくれそな気配であった。




      ◇◇


女子高生の彼女らそれぞれの想い人たちは、
普通一般のサラリーマンと違って、
3連休の筈な週末、それもクリスマスだってのに、
きっと朝から晩までを拘束されるほどに、
それは忙しく過ごすのだろうと見越されて。

 でもね? あのね?
 それって沢山の人達から頼りにされていてのことでしょう?

別にあのね? キリスト教徒じゃあないのだけれど。
街はツリーやイルミネーションなどなどのライトアップで華やかだし、
そんな光に縁取られた夜空はどこか厳かだから。
宗教はおいといても、どことなく何とはなく“特別な日”なんだから。
他所のカップルたち同様に、
どこのカレ氏より もっとずっときっと素敵なあの人の、
笑顔もお声も、稚気ある会話も、
自分だけが一晩中 独り占めしていたいのは山々なれど。
誰でもそうだとはいかない大人の責務。
それってある意味、その優れたところをもって、
“選ばれた人”だって証しだし…との
納得を確かめ合ったお嬢さんたち。
どうしても一緒にいたいという我儘は言わず、
向こう様からの“今頃は何しているのだろか”との心配もかけないようにと、
クリスマス・イブは仲良し三人で過ごすと決めた彼女らだったが、

 『…ケーキだけでもお届けしませんか?』

聖夜にもかかわらずお忙しい身なのを励ます意味から、
一緒にいられはしないけど、
あなたを想って焼きましたっていうケーキ、
差し入れするくらいなら構わないかもと。
ちょこっと斜めな未練の現れ、
せめて間接的にでも、
これを味わってるときだけは わたしを思ってくれたらいいなと。
そんな切なる想いの籠もったケーキ、
各々の想い人へと特別に仕立てることと相なり。


  【 ゴロさんには、ティラミスを作ってみましたvv
   作業が一段落したらば、
   お茶受けに摘まんで下さいませね?】


午前中に『八百萬屋』にお顔を揃え、
厨房で何やらごそごそしていた少女たち。
評判がいいのも考えもので、
どちらかといや純和風の甘味処だってのに、
クリスマスイブメニュー目当てのお客がずんと多くて、
店の方は絶賛繁忙中と化し。
早めの昼食にと下がって来たところで、
やっとケーキを作っていた彼女ららしいと判ったほど。

 『…兵庫に。』
 『勘兵衛様へでげすvv』

紅ばらさんと白百合さんが、
それぞれの忙しい想い人へと差し入れにするのだなんて言っており。
今世の身では、料理方面で一番の腕利きな、
ひなげしさんこと平八が指導をしていたらしくって。

 『あ、ゴロさん。
  久蔵殿の分のチョコがけを手伝ってってくれませんか?』

お昼ご飯休みですのにすいませんがと、
難しいテクへのサポートを、そのチーフ殿から振られたものだから、
ああ任せよとの二つ返事をしたのだけれど。
そうすることでそっちへ集中せねばならなくなるよう、
巧妙に意識を逸らされたのだと気づいたのが たった今。
マナーモードのバイブも鳴らさずという
特殊な送り方をされていたメールを読んで…というのが穿っている。、

 「……やれやれ。」

現世でも威風堂々、妙に存在感のあるあの勘兵衛へも、
臆する事なく つけつけとした物言いをし、
お元気溌剌娘に見せちゃあいるが。
それより何より、五郎兵衛との同居まで成し遂げた割に、
微妙なところで含羞みが出る、実は純情極まりないお嬢さんでもあって。

 “今宵は久蔵のところ、か。”

そういう段取りを昨日のうちに聞いてあったし、
出来立てのケーキを抱え、まずはそれぞれのお目当てへと渡して来るからと、
きゃっきゃと出てった3人だったのを思い出し。

 「渡し逃げかの? ヘイさんや。」

ケーキを切り分けてネということか、
真っ白なお皿やフォークもセットされてあった食卓の上、
ビーズを紡いで作ったらしい、
小さなサンタのチャームつきストラップまで
ちょこなんと置かれてあった日にゃあ。

 “こぉんな可愛らしいクリスマスプレゼントを頂いてしまっちゃあ、
  どんなお返しを用意すればいいのやらだの。”

手際もよくてそれは器用なのが初見ではなかなか信じがたい、
むしろ力強くて骨太な指先へとそれを摘まみ上げ。
困った困ったとぼやきつつ、
その割には嬉しそうに微笑んでいた五郎兵衛だった。





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